ワークライフバランス

【福利厚生は二重構造】社宅や食堂を会社が用意するようになった理由とは

この動画でわかること

  • 日本の福利厚生の起源は富岡製糸場だった
  • 工場を動かすための従業員の寄宿舎を用意したのがはじまり
  • 福利厚生施設は生産設備と並ぶ重要な設備だった

福利厚生の核心は「制度の集合体」—だから全体像で捉える

「福利厚生って、結局なんのこと?」という疑問への最短の答えは「制度の集合体」です。給与や退職金のような単一の仕組みではなく、社宅・寮、社員食堂、慶弔給付、託児所、自己啓発補助、人間ドック補助、持株会など、複数の制度が重なり合い、社員の働きやすさと企業の競争力を支える“事業インフラ”として機能しています。

そして福利厚生は、各制度ごとの目的と、全体としての上位目的という二重構造で設計されます。

福利厚生の定義と二重構造—個別目的と全体目的のかけ算

人事制度のうち、社員の報酬に関連する非金銭的・半金銭的な給付を広く「福利厚生」と呼びます。各制度の目的は異なりますが、全体としては「従業員満足度の向上」「働きやすい環境づくり」という上位目的に収束します。代表例を整理すると次の通りです。

  • 社宅・寮:住宅確保、転勤の円滑化、生活安定の支援
  • 慶弔給付:喜びや悲しみの共有を通じた一体感・心理的安全性の醸成
  • 社員食堂:栄養と時間の最適化、コミュニケーション促進、生産性の底上げ

つまり、福利厚生は「個別の制度=点」ではなく、「全体設計=面」で成果が出る仕組みです。

なぜ“会社が”社宅や食堂を用意するのか—歴史に学ぶ合理性

会社が福利厚生として支給するのではなく、「住まいは個人で借りればよい」「昼食は自由に外で食べればよい」という素朴な疑問はもっともです。ですが、日本の福利厚生の起源をたどると、企業が住まいと食の基盤を整える必然性が浮かび上がります。

鍵は「人が働ける状態を持続させること」—これは生産設備と同じくらい重要でした。

富岡製糸場が教えてくれること—人材を集め、定住させる必然

近代日本の工場の出発点とされる群馬県の富岡製糸場(1872年操業開始)は、輸出産業としてシルクの大量生産を担いました。全国から人材を集めるうえで、当時の日本には長期居住向けの賃貸市場が未発達。

そこで女子寄宿舎(独身寮)、日本人社員向け宿舎、外国人技術者向け社宅などが整備されました。これは「住環境の整備=生産を成立させるインフラ」であることの歴史的証拠です。今日の社宅・寮は、この必然の延長線上にあります。

食の安定が稼働を支える—社員食堂が生む時間と健康の価値

社員食堂は、短時間で栄養バランスのとれた食事を提供し、現場の稼働や知的労働の集中を支えます。加えて、部署横断のコミュニケーションが生まれ、組織文化の醸成にも寄与。

健康経営の文脈でも、メニューの栄養設計や表示強化、減塩・低糖メニューの普及は、医療費抑制や欠勤減少につながることが確認されています。歴史的必然から始まった食の整備は、現代では戦略的な人的資本投資へと進化しています。

福利厚生がもたらす実利—採用・定着・生産性を底上げする

生産性の向上につながる

福利厚生は“良いこと”にとどまらず、明確な経営リターンを生みます。特に以下の3領域で効果が顕著です。

  • 採用力の強化:住宅・育児・学習支援は候補者の意思決定に直結
  • 定着率の改善:生活課題を下支えし、離職リスクを低減
  • 生産性向上:健康・食・学習支援による集中力とスキルの向上

さらに、慶弔給付や社内イベントは、相互理解と信頼を育み、チームの協働度を高めます。これらは数値化が難しい一方で、成果の再現性を高める“見えない資本”として重要です。

制度の“点”を“面”にする設計—戦略と人材に沿ったポートフォリオ

福利厚生は集合体です。導入は「足し算」ではなく「設計」し、事業戦略・人材戦略・働き方に合わせてポートフォリオ化しましょう。

  • 全国転勤・現場稼働型:社宅・寮、単身赴任支援、交通・引越し補助を基盤に
  • 専門人材・採用強化:自己啓発補助、資格受験費用、学習プラットフォームを中核に
  • 健康経営志向:社員食堂の栄養設計、人間ドック補助、運動機会、ストレス対策を連動

重複や抜け漏れを避け、KPI(満足度、定着率、健康指標、採用歩留まり等)でPDCAを回すのがポイントです。

「今」最適な福利厚生とは—働き方の変化に合わせたアップデート

明日から導入できる!リモートワークの導入ステップと注意点

リモートワークやハイブリッドワークの普及で、住まいと食の支援は形を変えながら重要性を保ち続けています。社宅・寮が機能しづらい環境では、家賃補助、在宅設備(デスク・椅子・ネット回線)補助、ミールクーポンや提携デリバリー等が実務的。加えて、メンタルヘルスやオンライン学習の充実は、場所を問わない支援として価値を発揮します。

導入・見直しの実務ポイント—“成果”にひもづける

制度の導入・見直しでは、目的と成果を結びつけることが不可欠です。

  • 目的の明確化:採用・定着・生産性・健康・エンゲージメントのどれに効かせるか
  • 対象と公平性:年代・家族構成・勤務地の違いに配慮し、機会の公平性を担保
  • 測定と改善:導入後のKPI設計とデータ収集、利用促進コミュニケーションの設計

このプロセスを通じて、福利厚生は「コスト」から「投資」へと認識が変わります。

起源から再定義へ—福利厚生は“人が働ける状態”を維持するインフラ

富岡製糸場に象徴されるように、福利厚生は「工場を動かすために人が住み、食べ、働ける状態を整える」ことから始まりました。現代のデジタル産業でも、形は変わっても本質は同じです。

人が能力を発揮し続けられる条件—住まい、食、健康、学習、つながり—を、企業が戦略的に設計・提供すること。それが、採用難・人的資本開示時代の競争優位を生みます。

まとめ—“制度の集合体”を企業戦略に接続する

5分でわかる福利厚生の全て!知っておくべき分類と選び方を徹底解説

福利厚生は、社宅・寮、食堂、慶弔給付、健康・学習支援など多様な制度の集合体です。個別制度の目的と全体の上位目的を接続し、働きやすさと事業成果を同時に高める視点が不可欠。歴史に学び、今の働き方に合わせて設計・運用を磨くことで、採用・定着・生産性・文化にまたがる成果が生まれます。

可児さんサムネイル
【スピーカー】
千葉商科大学会計大学院会計ファイナンス研究科 教授(専攻;社会保険、企業年金、企業福祉) 可児俊信

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<著書>
・「福利厚生アウトソーシングの理論と実務」(労務研究所)
・「共済会の実践的グランドデザイン」(労務研究所)
・「新しい!日本の福利厚生」(労務研究所)
・「実践!福利厚生改革」(日本法令) 他